寒さと雨。まあ、歩いているほうが少しおかしいかもしれませんが。
先週の土曜日2月27日の日経の「大機小機」が心に響きました。 この頃の日経は、自分たちが口を極めて進めてきた成長戦略が、金融崩壊と過剰生産恐慌と言う事態に対して、雇用の破壊と他の国々と比較しても深刻な不況の影響をみれば破綻したことは明らかですが認められずにいます。 まだ、成長戦略にしがみつく姿勢がありありで、これからどのような経済、国づくりをしていくのか、提示できない状況で、いつ読んでも、今までのような迫力や、その一貫した立場に学ぶものを感じたものですが、最近はかなりつまらない新聞になってしまったと思っています。 ところが、今回の「大機小機」は心を打たれました。 「ケインズの『一般理論』をひも解くまでもなく、「お金」に対する需要の大きさは不確実な将来に対する「不安」の大きさの反映にほかならない。よい成績をとり、よい学校に入らなければ将来が大変だと大人が説教するから、子供たちは将来が不安になり、まずは「お金が欲しい」と言っているのではないか。好きな本を読んだり、友達と遊んだりしながら、人間として成長すれば将来は心配ないと子供たちが確信できるようになれば、「お金」は一位にならず、子供たちはもっと幸せな時間を過ごせるはずだ。」 「GDPを拡大しなくても生活の質を向上できる「第三の道」は必ずある。その第一歩としてGDPに代わる新たな国民の幸福度を測る指標の開発を「新成長戦略」は提言したのではないか。」また、こうも指摘している。「そもそも「物差し」の定番の国内総生産(GDP)には、開発当初から福祉や豊かさ、幸福の指標として限界があるのは経済学の常識だった」
成長戦略、小泉構造改革、規制緩和路線、グローバリズム、これらの路線の中で貧困と格差が広げられる、小さな政府、民活が叫ばれ福祉と雇用が破壊されてきた。それに対して、私たちの生活を国民の目線で、安心して暮らせる医療や福祉や、年金と言った基本の生活設計を作り出す、その大きな転換点に日本も差し掛かっているのではないか。大企業だけが富を独り占めするような世界を作り変えなければ私たちの安心した将来は開けない。 健康と安心、これから老後へ足をかけていくにしたがってその感は強い。 ものが豊かになることと心が豊かになること、生活が将来にわたって安心して生活できること、それが結びついていないのがまさに今の日本ではないだろうか。 一見混迷している政治は、まず、国民の政権交代の持つ意味を学んだことが高く評価できる。これからは、政策の持つ展望を国民が判断することを学ぶときが来ているのだろう。







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