日本でいちばん大切にしたい会社

先日、書店でブラブラしていたら、坂本光司さんの「日本でいちばん大切にしたい会社3」(あさ出版)が平積みしてあったので、さっそく買って読んでみました。

すでに2008年に最初の「日本でいちばん大切にしたい会社」が出版され、その後2010年に「パート2」がでて、今回が3冊目になります。第一経営でも、これまで何度か社内研修の資料テキストとして使わせてもらっていますし、またいくつかの紹介されている企業に役員がベンチマーキングで訪問したりして、社内での討議を深める上で参考にさせていただいています。今回の「パート3」では、新たに7社の典型的な企業が紹介されています。

坂本先生が言われる「日本でいちばん大切にしたい会社」とは、「人をトコトン大切にする経営を、ぶれずに実行している企業」というものです。そしてその企業がとりわけ大切にしなければならない、その幸せづくりに力を注がなければならない「五人の人」として、一人目に「社員とその家族」、二人目が「社外社員とその家族」、三人目が「現在顧客と未来顧客」、四人目が「障害者や高齢者などの社会的弱者」、そして五人目が「出資者・支援者」を挙げておられます。

「多くの経営者が、業績重視、成長重視、シェア重視、ランキング重視といった間違った経営をしているようにみえます。業績や成長は正しい経営を行っているかどうかの結果の現象であり、目的にしてはならないのです。」「私はこれまでおよそ40年間、全国各地の約6,500社の中小企業を訪問し、その経営の現場をただひたすら見てきました。そしてそのうちのおよそ一割の企業は、好不況にかかわらず、その業績がぶれていない事に気がつきました。」「それらの企業は、景気を超越し、景気を創造していたのです。つまり、景気は関係なかったのです。」「これらの企業は、人間尊重の経営、どこまでも人を大切にする経営を追求してきた結果として、高い、ぶれない利益を生み出してきていたのです。」

「なるほど、そうなんだ!」と思いながらも、なかなか現実は厳しくて、売上が低迷したり利益が出ない状況が続くなかで、経営者の方々が、必死になって雇用を守りながらも、自らの身をとことん削っている姿をみると、優先順位として、どう考えればいいのだろうか、やっぱり悩んでしまいます。

企業という「公器」がもつ社会的使命というものを、まず経営者が、そして社員一人ひとりがどれだけ正面から受け止めて、本気になって実践するか、という事につながるのかと思いますが、局面、局面では本当に厳しい判断、決断が求められるのだろうと思います。

第一経営においても経営者の思い入れだけでなく、社風そのものをつくっていくことの難しさも感じているところです。ただ全社で議論し考えること、それをトコトン継続する中で、どこかで「そうだね」という気づきのスイッチがカチッと入るような気がしています。

私たちの会社が、人とかかわる仕事をするということや、仕事をする場を受身としてとらえないことの面白さ、自己実現としての達成感を一人ひとりが感じられる場であること、そして面白さを感じた人が表現する場、それを共有する場をもっとつくっていくことが大切なのかもしれません。

「人を大切にする」ということは、何も坂本先生の言う「五人の人たち」に「おもねる」ということではないことは確かで、それだけに何が「人を大切にする」ということなのか、いろいろな「個性」的な人が一緒に働くことの意味は何なのか、「経営者を含めて人が大切にされ、人が生きる経営」について大いに議論をたたかわせ、鍛えあうことも、また大切なことだろうと思います。

東日本大震災が起こり、それ以後の、東北の現地にとどまらない日本全国の、そして国境を超えたヒューマンネットワークの動きの中で、人々の価値観の流れが確実に動いていることを感じます。アナログ(連続)の世界からデジタル(断続)の世界へ移り、また改めて新しい形の「アナログ」の世界が見出されるように思います。「人」と「人」のつながり、そして一人ひとり生き方が見直される時期を迎えているようにも思います。

まずは「日本でいちばん大切にしたい会社」に学びながら、「トコトン人が生きる会社」を考えていきたいと思っているところです。

— posted by chief at 07:03 pm commentComment [0] pingTrackBack [0]

民主党が溶けていく

新年、明けましておめでとうございます。

今年もお正月早々からゴルフ場通いをしました。さすがに寒い。準備運動もそこそこに打ったボールは、真っ直ぐ行くはずのイメージを裏切って、大きく右にそれていってしまいました。ガクッ、という感じのスタートですが、なんとか軌道修正しながら100は超えない程度にまとめている2012年です。今年もよろしくお願い致します。

さて年末からの政治状況をみると、まさに民主党の暴走がとどまりを知らなくなった感じがしています。政権交代を実現した2009年総選挙でのマニュフェストは、完全にもとの形がなくなってしまった、というだけでなく、全く逆の方向へ向かっています。

民主党が「溶けていく」と評した新聞があったように思いますが、溶けるどころか、大きく「右旋回」しているようです。

沖縄の米軍基地問題では、姑息にも深夜に県庁に辺野古アセス評価書を運び込んだり、八ッ場ダムの問題も迷走したあげくに結局、無駄を承知の公共工事続行という振り出しにもどす。更に最後の最後には、野田総理が「ネバー・ネバー・ネバー・ネバー・ギブアップ」として「社会保障と税の一体改革」の柱となる消費税10%への増税を実現する固い固い決意を表明しています。

またその前提としている公務員と共に国会議員の定数削減という火事場泥棒的な策動なども、民主主義の形骸化につながりかねない非常に危険な臭いを感じざるを得ません。

政権交代時の看板を裏返しにする、本当にこんな詐欺のような政権政党の政治が許されていいのか。明らかに国民目線ではない、アメリカや財界の力に屈服して、自らの保身のみに右往左往している様がうかがえます。

国民一人ひとりの生活、中小企業の経営にとって消費税10%がどんな重みを持つのか、消費税がなぜ突出した滞納を生み出しているのか、「公平」な消費税という仕組みの欺瞞性をどれだけ考えているのか、という感じがします。法人税や所得税の見直しとのレベルの違いみると、延長線上にはなんだか「国栄えて民滅ぶ」方向へひた走る構図が見えてきます。

2012年は、原発依存の問題やTPP問題を含めて、政治と私たちの暮らしの関係について、否応なしに考えなければならない年になるように思います。解散総選挙という話もありますが、そうした政治の動向にもしっかりと目を向けながら、お客様との会話の中でもまた今の政治状況についてどんな受け止めをしているのか感じていけたらと思っています。

— posted by chief at 01:13 pm commentComment [0] pingTrackBack [0]

下町ロケット

先日、小説「下町ロケット」を読みました。第145回の直木賞を受賞した作品という事で、すでに多くの方が読まれているかと思います。「面白い」という噂はずっと聞いていましたが、私が読んだのは1ヶ月ほど前のことです。で、日曜日の夜に「少しずつ・・・」と思いながら読み始めたのですが、すぐに引き込まれてしまい、ふと時計を見て「まずい」と思い、無理やり二日に分けて読んだ次第です。

著者の池井戸潤さんは1963年生まれだから現在48歳かな。三菱銀行に10年ほど勤めていた経験をもとに沢山の作品を書かれています。トラックのタイヤが脱輪して歩道を歩いていた親子を直撃、小さい子供が亡くなった事件、実話を基にした作品で直木賞候補になった「空飛ぶタイヤ」も面白い。「下町ロケット」とともに、中小企業の経営者がその誇りをかけて巨大企業に毅然として戦いを挑む姿に、フィクションだと分かりながらも熱いものが込み上げてきます。

「その部品がなければ、ロケットは飛ばない。」中小企業を利用するだけ利用し、従わなければ兵糧攻めにして最後は札束で従わせようという傲慢な巨大企業に対し、揺れに揺れながらも立ち向かっていく。動揺する社員一人ひとりが現実的な存在感を持って描かれています。人・モノ・カネ・情報、そうした経営資源すべてにおいてハンデを負う、そんな中で孤独に苦悩する社長が実に痛々しい。

でも・・・「その部品がなければ、ロケットは飛ばない。」それだけの技術水準の高さと誇りが、「何のためにこの仕事をしているのか」という自身への問いかけの中で「夢」を「夢」で終わらせたくない思いと重なる。経営者の「夢」と多くの社員を抱える「現実」。最後まで妥協をしない戦いをし続ける事はとても難しい。

どれだけの中小企業の経営者が現実を前に涙を流してきた事だろう。また今も流している事だろう。何が「正しい」とは言えない。いつも「正しい」とは限らない。ただ同族会社である多くの中小企業では、その決断を経営者が最後は一人で行う事は確かだ。私たちの仕事は、そうした経営者が孤独にならないような相談相手として寄り添い、深い信頼関係をつくっていく事なんだろうとも思う。でも・・・それもまたとても難しい。ただ、そんな思いをもって経営者一人ひとりと関わっていきたいと思う。

結局「下町ロケット」の内容には、ほとんど触れずに書いてしまいました。まあ、こんな独り言を読んで興味を持たれた方には、ぜひご一読をおすすめします。

— posted by chief at 07:36 pm commentComment [0] pingTrackBack [0]

はじめまして

はじめまして

第一経営グループの新しい代表になりました、吉村浩平です。 これから、このページを少しづつでも自分の色に染めていけたらと思っています。

まず最初は、私の自己紹介から・・・

1958年4月の牡牛座 ところは京都、といっても北のはずれ丹後の生まれです。

私の父は、記憶にある限り、結構いろいろな仕事を自営でやっていました。

屋根瓦の製造、うどん・そうめんの製造販売、そして最後は西陣織の帯製造と、田舎の零細業者として、よくもまあ関連の無い業種を次々と手がけていたものだと思うのですが、父は父なりにそれを楽しんでいたのかもしれません。

子供の頃、父に「素麺と冷や麦の違いは何?」と聞いたら「うちでは太さが違うだけ」と笑いながら言っていました。 いい加減なのか、そんなものなのか・・・ それでも連帯保証で結構痛い目をみていたような、そんな記憶が残っています。

丹後は、日本三景の一つ、天の橋立があり、地場産業としては、古くから丹後ちりめんの産地として有名です。またプロ野球で前楽天監督の野村克也氏の出身地でもあります。

まあ、そんなことはどうでもいいことなのですが、自然豊かでとても風光明媚なところです。 また自由にやりたい事をやらせてくれた両親のもとで、のんびりと育ったものですから、とうとう、こんな性格のまま来てしまいました。

大学は、当時名古屋にあった日本福祉大学で「福祉を理解する経済人の育成」という、分かったような分からないようなスローガンのもとで4年間過しました。 気がついたら、卒業です。ちょっと焦りました。

自治会活動とかサークル活動とかいろいろ夢中になっていたもので、なんだか、まともに勉強していないことを実感するとともに、自分が勉強したい事をもう一度考え直してみると、やはり自分が育った環境としての中小企業についてもっと深めてみたいということでした。

ゼミの先生(柴田政義教授)に相談したところ、立命館大学の二葉邦彦教授を紹介していただきました。

さっそく紹介状を持って立命館に二葉先生を訪ねたところ、快く、そして思いがけず聴講生としての受講(中小企業論と協同組合論)と2年間の二葉ゼミへの参加を受け入れてくださいました。

父からは、2年間の学生生活の延長の許可は得たのですが、経済的には自分でやれ、と言われていたので、それはそれで助かりましたし、その分、集中して勉強する事ができた2年間でした。1科目の聴講料で、あちこち有名な先生の授業にも勝手に出させてもらいました。

太秦にある学生アパートに住み、嵯峨野のガソリンスタンドでアルバイトしながらの、とても楽しい時期でした。

立命館で2年間過したあと、京都駅前にある「協同組合新町会館」に就職しました。

ここは、全国で唯一京都だけに存在する、異業種総合の企業組合が複数でつくる協同組合です。

同業種でない個々の自営業者が集まって一つの企業組合をつくるのは、蜷川虎三府知事の時代に、京都の多くの中小零細企業の経営を守る組織としてつくられ育てられてきたものですが、たぶん今から新たに「異業種総合」で設立をするのは難しいのではないかと思います。

ここでは今の仕事の原型を学ぶ事ができましたし、また素敵な多くの先輩たちに出会う事ができた、かけがえの無い場所でもあります。

と言いながらも、5年余りで、ひょんなことから、ここ埼玉まで来て第一経営相談所に入社する事になりました。1989年7月の事です。 第一経営に入って22年余り。本当に貴重な経験をさせてもらっていると思います。

また学生時代から勉強していた事を、仕事としてずっと追求出来ている幸せを感じます。

まさか自分が代表をやる事になるとは、夢にも思いませんでしたが、腹をくくりました。

一人ひとりの所員と力を合わせながら、また「いい会社をつくろう、いい経営者になろう、いい経営環境をつくろう」という中小企業家同友会の三つの目的がありますが、その言葉を胸にしながら、これから精一杯頑張って行きたいと決意しています。

今、私がはまっている趣味はゴルフ。適度に気分転換をはかりながら、このブログもあまり意気込みすぎないように、楽しみながら書けるようになれればと思っています。

以上、とりあえず初登場のご挨拶とさせていただきます。

— posted by chief at 09:36 am commentComment [0] pingTrackBack [0]

所長の交代について

おはようございます。

2週続けてご無沙汰をしました。

挨拶と同時にご報告をしたいと思います。 11月24日に第一経営の全体会議=株主総会が行われ、経営陣のメンバーは変わらなかったのですが、

私が、株式会社 第一経営相談所の代表を無事に降りることができました。

前任の所長の吉田愛子税理士から引き継いだのが、1996年の4月でしたので15年半の代表者でした。(経営本部長を入れると18年半) 皆目わからない中で、突っ走ってきたのですが、しっかりと後継者を育て引き継がないといけないと思いましたし、

何よりも、前任者が代表は12年と任期を所内の規定に明記していたにもかかわらず、いろいろ事情もあり後任者をしっかりと確保できませんでした。

今回は相談所の代表を降りて、実際の経営の責任者ではなくなったのですが、税理士法人の代表は残念ながら引き続き勤めますのでよろしくお願いします。定年までには税理士法人の代表も無事に勤め終えたいと念願しています。 この2年間、経営本部長を吉村浩平に任せ、内部の運営をすべて任せてきました。 そして、あいまいさを許さず、厳しく指摘しながら本人の成長を図ってきましたが、「その気」になってくれて 目を見張るような成長をしていただき、無事に代表を交代できました。 のんびり屋の人情家で、時には苛烈なまでに厳しい私とは違って、ほのぼのとした性格です。 入所してきたときからきらりと光るものを感じていましたが、なにせのんびり屋の性格。 まさか、この2年間でここまでと思いがあります。 また、若い吉村を補佐する人材も育ってきて、私もまだまだ老け込む歳ではありませんし、第一経営相談所の体制は私が

降りたところで問題は起きない状況です。

私自身は今後どうするか、まだ還暦まで1年と数ヶ月を残していますし、第一経営の定年は65歳ですし、 当面は、経営陣の中のご意見番、税理士業務をしながら、自身の能力開発を含め経営にかかわる本をものにしたいという 思いが強くあります。 税理士は大変忙しいので、また、ご意見番のほうが手がとられていっそ自分でやったほうがよっぽど楽ですが、

第一経営がどんな企業として皆様に貢献できるか、夢を持って進めていきたいと思っています。

代表を降りるということを、また後継者をどのように見るのか、会社の今後や自身の生活をどのように考えるか たっぷりと考えることができました。 一定の線を引きながらも、やはり最後は、人生楽しまなければでした。 それぞれの条件でいくつもの楽しさがあり、条件が変われば楽しさも変わり、自身のわがままや、中途半端な思いを 研ぎ削いでいくと自分の生きがいに行き着き、結局楽しむ人生が出てきました。 流されながら、今を楽しく受け止めながら、周りが求めてるものと、自分の思いをうまくミックスさせながら

判断をしてきました。

これから、このブログは、新代表に譲りますので楽しみにしてください。 本人は、大変苦労すると思いますが、それが楽しみになるように期待します。

— posted by chief at 10:38 am commentComment [0] pingTrackBack [0]

T: Y: ALL: Online: