2011年新卒採用面接「子供手当て」

こんばんは。 日曜日の夕方書いています。朝のうちは晴れていましたが、今はどんよりと曇っています。 いよいよ梅雨に入り始めるのかと言う気候になっています。

歩いても汗を随分と掻く様になっています。しかし、部屋の中は少し蒸し暑くて風を通すと気持ちのいい気候といえそうです。

昨日、二次の新卒面接を行いました。 12名ほどが参加をしてくれました。二つのグループに分けて、午前中は「子供手当て是か非か」と言うテーマでディベーとを行いました。午後は3人のグループに分けてグループ面接を行いました。 4月の第一次の採用時と同じテーマでのディベートですが、前回はまだ実施されていなかったこともあり、そのものの論議になってあまり深まりませんでした。 そのため今回は、テーマに入る前に「子供はそもそも社会が育てるものなのかどうか」とか、「子供の豊かな成長とは」といったテーマで事前にディスカッションをしてからテーマに入りました。 そのディスカッションで驚いたのは、子供は社会の宝である、社会が育てるのは当然と言う議論が非常に素直にされているのはよかったのですが、常に経済的な成長の基本であるから子供は宝と言う、経済の問題でのみ話が展開されるのです。 話に私が口を出すのはよくないのですが、思わず「子供の権利条約と言うのは知っているかい」と訊いてしまいました。すると私のグループの6人誰も知りませんでした。「子供は子供固有の成長する権利がある。一人の人間として扱われ豊かに成長することが補償されなければならない。」と付け加えてしまいました。まだ親になっているわけではありませんし、社会的に子供たちといろいろな場面で接触することも少ないでしょうし、塾や子供のスポーツクラブの指導と言ったその側面からの捉え方しか出来ないのではと思いますが、それでも今の子供をめぐるあまりにも競争社会になっている現状を自覚できないのはかなり問題なのかと思います。 テーマの「子供手当て」については、そのような議論を踏まえても、私のグループでは、経済的な要素としてのみ見てしまうという基本的な今の「子供手当ての」側面が反映された議論に終始しました。議論の内容を見れば、子供手当てが、今の子供置かれた現況をいかに変化させていくか、子供の豊かな成長を支え、競争的なストレスに極度にさらされている子供たちを、人間性を豊かにはぐくめる社会的保障を作り上げていくか。そのための親の負担や子供の権利を真に守る立場にどのように作っていくのかが問われるはずです。 そういったものとしてではなく、選挙を意識したばら撒きであり、経済の活性化を一面的にしか考えない世紀の愚策であることが分かります。困難な財政を大盤振る舞いして一層困窮させ、子供が今抱える競争的な環境や、すくすく育つための個々の子供が十分に意欲を伸ばすような配慮された少人数の教育であるとか、あまりにも高すぎる大学の学費であるとか。教育の荒廃を作り出している効率と独立採算、成果主義など変えなければならない、またそのために予算をつけなければならないのに、「子供手当て」で人気を取って経済活性化を図ると言うばら撒きが選ばれたのです。 根本から流れを変えていかなければならないように思います。 学生たちの議論が、論理的な矛盾を来たしたときだけ、今の意味はと質問をしましたが、内容には介入しませんでした。 内容がほとんど経済問題で、子供の真の成長を保障する観点からのものは出ませんでした。やはり、マスコミや社会的な論議を聞けば、子供手当てはお金を配る一つのばら撒きのための方便だったのでしょう。

— posted by chief at 05:06 pm commentComment [0] pingTrackBack [0]

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